大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)1639号 判決

控訴人

新井成俊

控訴人

株式会社新井総業

右代表者代表取締役

宮岡教行

右両名訴訟代理人弁護士

阿部幸孝

被控訴人

株式会社和光ホーム

右代表者代表取締役

青井勇二

右訴訟代理人弁護士

金子利夫

吉野庄三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らに関する部分を取消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

二  被控訴人

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実摘示中、控訴人ら関係部分の記載と同じであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決五枚目表九行目の「(一〇)」を「(四)、(一〇)」と、同裏六行目の「八二〇万円」を「約八二〇万円」と、同一一行目の「抵当権者として」を「抵当権に基づく妨害排除請求権に基づき、ないしは第一審被告黒田に対する債権を被保全権利として」と、同六枚目表一行目の「主文第三項」から同二行目の「求める。」までを「ないしは第一審被告黒田に代位して、控訴人新井総業に対し、主文第三項のとおり同被告黒田への本件建物の明渡しを求める。」と各改める。

二  主張の補正

1  被控訴人

(一) 第一審被告黒田と同利川及び同徳山との間の本件賃貸借契約解除の判決が確定したときは、控訴人新井総業の転貸借は消滅し、爾後は本件建物を不法に占有することになる。そして、控訴人新井総業がその後も本件建物の不法占有を継続すれば、前叙不動産競売事件における買受申出に対する事実上の制約となり、被控訴人は損害を被ることは明らかである。

(二) 本件賃貸借契約解除の判決が確定した場合には、本件建物の賃貸人である第一審被告黒田は、控訴人新井総業に対し本件建物の明渡請求権を有するに至ることも明らかである。

(三) よって、被控訴人は、本件賃貸借契約解除の判決が確定したときは、本件建物の抵当権者として有する妨害排除請求権に基づき、ないしは第一審被告黒田に対して有する債権を保全するため、第一審被告黒田の有する本件建物明渡請求権を代位行使して、控訴人新井総業に対し、本件建物を第一審被告黒田に明渡すべきことを求める。

2  控訴人

(一) 被控訴人の前記主張は争う。

(二) 民法三九五条但書は、抵当不動産に関する短期賃貸借契約の締結が抵当権者に損害を及ぼす場合に、裁判所は右契約の解除を命じ、抵当権に対抗し得ない権利とすることができる旨を規定したにとどまり、抵当権者に対し、その権限をもって賃借人に対し当該不動産の明渡しを求めることができる権利をも付与したものではない。民法三九五条本文、但書が価値権と用益権との調整を図る趣旨の規定であることに徴し、右のことは明らかである。

同条但書による短期賃貸借契約の解除をなし得るのは、当該賃貸借が抵当権に対抗し得る場合に限られるのであり、地上権又は通常の賃借権の場合には、これに対する解除請求はなし得ないのであり、たとえその存在によって抵当権に損害を与えるとしても、それは本来抵当権に対抗し得ないものであるから、抵当権者の当初の意思に反しないものとして、それらの事前排除はこれを認めることなく、抵当権実行後の執行の規定に委ねているのである。

短期賃貸借の場合にのみ、同条但書の規定によって、その対抗力を排除する以上に、更に進んで対象不動産の明渡しを求めることまでも許容するのは、通常の賃貸借等との比較においても誤っていることは明らかである。

被控訴人の抵当権に基づく妨害排除請求権を前提とする、本件建物の明渡請求は失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被控訴人の控訴人らに対する賃借権設定仮登記等抹消登記手続請求について

当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する右各請求はいずれも正当としてこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決理由一ないし三に説示(但し、控訴人ら関係部分)のとおりであるから、これを引用する。

原判決七枚目表末行の「いずれも」の次に「これを」を加え、同裏二行目から四行目までを次のとおり改める。

「三 以上のとおりとすれば、本件各賃貸借契約の解除を命ずる判決が確定した場合には、控訴人新井及び同新井総業は本件土地及び本件建物につきなされた前叙各仮登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うに至り、被控訴人は本件土地及び本件建物に対する抵当権に基づく物上請求権により控訴人らに対し右各仮登記の抹消登記手続を請求しうるものというべきである。そして、前記認定事実によれば、控訴人らは、右解除判決が確定しても、直ちに右各登記の抹消に応ずるものとは認め難いから、被控訴人があらかじめ右各抹消登記請求をすべき必要があるものと認められる。

よって、被控訴人の控訴人らに対する本件各抹消登記手続請求はいずれも理由があるから、これを認容すべきである。」

二被控訴人の控訴人新井総業に対する本件建物の明渡請求について

債権者代位による請求について検討する。

抵当権は目的物(抵当物件)の使用収益を支配する権利ではないけれども、被担保債権を確保、保全するために、抵当物件の交換価値を把握し、これにより優先弁済を受ける権利であるから、抵当物件の価額が不当に減少せしめられ、当初所期した被担保債権の満足が著しく阻害せしめられ、抵当権者が損害を被るおそれが大である場合には、債務者の資力が減少した場合に準ずるものとして、抵当権者であっても、被担保債権保全の必要を生ずるに至るものというべく、債務者の責任財産に属する抵当物件を保全する措置として、抵当権設定者である債務者に属する権利を代位行使することができるものと解するのが相当である。そして、民法三九五条但書により短期賃貸借契約の解除を命ずる判決が確定すると、賃借人は抵当物件を占有する権原を失うに至り、抵当物件の所有者である債務者は賃借人に対し所有権に基づきその明渡しを求めることができることになるが、それにもかかわらず依然として賃(転)借人が抵当物件の不法占有を継続するため、物件価格が低額に評価され、抵当権者の損害が充分に回復しないときは、前叙のとおり、抵当権者は被担保債権を保全する必要があるものとして、債務者に代位し、賃(転)借人に対し、所有権に基づく明渡請求権を行使することができるものというべきである(ところで、解除判決の確定した後において、賃(転)借人が不法占有を継続するときは、不動産競売手続において賃(転)借人に対し不動産引渡命令を発しうるけれども、抵当物件の不法占有者の排除をすべて引渡命令にのみ依拠せしめ、競落に至るまでの間、抵当権者が抵当物件の不法占有者の占有を拱手傍観するほか手段なしとするのは、抵当権者に与えられた解除請求権の実質的保護に欠けるものというべく、同条但書が賃貸借契約の解除を命ずることができる旨規定するのみで、解除後の措置について何ら言及していないからといって、解除後における賃(転)借人であった者の不法占有を容認する趣旨とは解されないのであり、抵当権者に対し、賃(転)借人の不法占有を排除するため債務者の有する明渡請求権の代位行使を認めても、価値権と利用権との調和を図る同条本文、但書の趣旨を逸脱するものとは断じ難い。)。

しかして、前叙認定事実によると、本件解除判決が確定すると、控訴人新井総業は本件建物に対する占有権原を失い、所有者である第一審被告黒田に対し本件建物の明渡しをなすべき義務を負うに至るところ、同控訴人は依然として本件建物の占有を継続しており、本件解除判決が確定しても直ちに右明渡しに応ずるものとは認め難く、又、同控訴人の右占有が継続するときは、本件建物の価格は前叙認定のとおり低額に評価され、被控訴人の被るであろう損害が充分に回復し難いものと推認される。そして、第一審被告黒田が無資力であることは、前叙認定事実に徴して明らかであるから、被控訴人は、前叙認定の被担保債権を保全するため、第一審被告黒田を代位して、同人の有する所有権に基づく妨害排除請求権により、控訴人新井総業に対し、あらかじめ本件建物の明渡しを求めることができるものといわねばならない。

従って、被控訴人が、本件解除判決の確定を条件として、第一審被告黒田に代位してする、控訴人新井総業に対し本件建物を第一審被告黒田に明渡すべき旨の請求は理由があるから、これを認容すべきである。

三よって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求を認容した原判決は一部理由を異にするも結論において相当であり、本件控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長久保武 裁判官諸富吉嗣 裁判官梅津和宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例